連載【旅暮しのエトセトラ】
第16話:旅から戻って思うこと……最後に

2022.05.26 STORY
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  • 杉井ギサブロー
  • 河治和香

 さて……。
帰ってきた翌日には、私はもう、
「また、こんな旅をしてみたいな」
と、思っていた。
 この1ヶ月の思い出は、きっと一生の宝物になることだろう。
 そして、戻って来た現実の自分の部屋を眺めたとき、ふと、
 ……ああ、今の私の生活は、旅の延長みたいなものなのかもしれない。
とも思ったのだった。

結局は、何も変わらなかったけれど……

 ここまで長々書いてきて、「……で、1ヶ月の旅をしてどうだった?」と問われれば、
……結局、何も変わらなかった。
という身も蓋もない答えになってしまうのだけれど。(今さらながら、恥ずかしい……)
 ドラマみたいに、天からの啓示! とか、運命の出会い! とか、そういうのはぜんぜん。

 劇的に人生が変わるってことはなかった。

でも、ジワジワと何かが……自分自身が小さく変化した気はする。
 まず、体重が減っていた。3キロくらいだけれど。
 食事制限せずに、少し運動したのと、規則正しい生活……やはり旅先では、毎日に緊張感があるのがよかったのだろうか。
 振り返ってみれば、当初計画していた「体を動かすこと」は、ほぼクリア、仕事は締切があったので、なんとかこなしたという感じ。
逆にダメだったのは……読書と勉強。移動中はたまった新聞を読むのに精一杯で、勉強にいたっては、いろいろ持参したけれど(←これも荷物が多くなった原因!)まったくできなかった。

まぁ、仕方ないかな。

とにかく旅先では、案外時間がないものだ、ということがよくわかった。

休むって、こういうことだったのね!

それでも、やっぱり思い切って旅に出てよかったと思う。
 1ヶ月という旅の長さは生まれて初めてだったけれど……本当に久しぶりに

「ああ、休んだ~~~~!」 
と、実感できたことが、新鮮な驚きだった。

 ……こういうの、いいかも!

 旅の途中から、だんだんそう思うようになった。
 考えてみたら、一般の勤め人の場合、週休2日としたら、休日は年間100日くらい。
 私は、いつもダラダラ仕事をしているのだから、それならば……とにかくふだんはひたすら仕事をして……それで、1年に1ヶ月、まとめて休む、っていうのはどうだろう?
 11ヶ月働いて、1ヶ月、お休みということで、ツギツギスタイルで旅をする。

 ……なかなかいいアイデアかもしれない。

 こうした働き方を実践している人は少なからずいるのだろうけれど、私にとっては、コペルニクス的発想の転換だった。
 1ヶ月も休むなんて……1ヶ月も旅するなんて、なんて贅沢! と思い込んでいたけど……それって、自分で自分に制限をかけていただけなのかも。

「いつか」ではなく、「いつでも」

 いつか、旅暮らしをしてみたいと思っていた。
 「いつか……」と思っていることは、他にもいろいろある。
 その中のひとつを思い切って実行してみて思ったのは、「いつか」の「いつか」って、いつなんだろう? ということ。
 若いときならばともかく、もう人生の2巡目を過ぎて……いまだに「いつか」なんて言っている場合じゃないのかもしれない。
 そう、たしかに「いつか」と二の足を踏んでいるうちは、失敗することも失望することもない。
 でも、それでいいの?
 思い切って、1ヶ月間旅に出てみたら、案外、なんともなくできた。
 未知の世界と切り結ぶ勇気が、まだ自分の中にあったことに、ちょっとホッとする。
 ……今まで、何に遠慮していたんだろう。
旅の非日常の中では、日常では気付かなかったことを、ふっと思いつく。それが楽しい。

新しい旅のカタチ

 私たちは今まで自由に旅ができる時代を生きてきた……コロナ前までは。
 コロナ禍の中で、気ままに旅をすることが、そして人と会うことが……今まで当たり前にできたことが当たり前ではなくなった時、〈旅のカタチ〉も今までのままというわけにはいかないのだろう。
 その今までの旅のありようを、ことごとく否定するような今回の旅は……意外なほどに充実していて、そして存分に楽しめた。
名所旧跡を観光しなくても、外食しなくても、人と会わなくても。
 これって、一人暮らしの気ままさを語るのに、ちょっと似てるかもしれないけど。

〈旅〉はアフターコロナのキーワード?

コロナ禍による移動の制限によって、引き籠もることは容認(推奨)され、そのことは同時に他者と交わることや、身だしなみを整えること……それは楽しみでもあるけれど、実はちょっぴり面倒くさいことでもあったわけだが……それらのことから、私たちを解放してくれた。
慣れてしまえば、そうした他者と隔てられた生活が意外とラクチンであることに、私たちは気付てしまった(人は慣れるものなのだと、つくづく思う)。
……でも。
ふと気がつけば、ラクチンだけど、心も体も萎縮して、何をするのも面倒くさいと感じたりしている。
コロナ禍が収束しても、もう私たちは、コロナ前とは同じ生活、日常には戻れないのだろう。私たちは知ってしまったのだから。いったんは馴染んでしまったのだから。
そんな時代の閉塞感の中で……〈旅をすること〉はコロナ収束後、ふたたび注目されてゆくような気がする。
やっぱり自身が動いて体験すること、その場の空気を五感で感じることが大切なのだと思う。
この数年の自粛生活で疲れ切った人々は、今後、さまざまなそれぞれの〈旅のカタチ〉の中で、その心と体を癒して、そしてまた新たな人や物との関係性を模索してゆくのかもしれない。
 そうした中で、ツギツギスタイルの旅の提案は、新しいライフスタイルへの希望をつなぐ存在になるような……そんな予感がする。

暮らすような旅、旅するような暮らし

 私もまたいつか、旅に出ると思う。
それは、いつでも。気が向いたときに。
 私は自由だし、自分で自分をコントロールできるのだ、ということに改めて気がついた。
 ……目の前のことに追われていると、ついそのことを忘れてしまいそうになるけれど。

 ふだんはつましく暮らし、懸命に仕事をして……そして時々、旅に出る。
 その町に暮らしているような旅と、旅をしているような日常の暮らしと。
 未知の世界を旅することと、日常のささやかな生活を愛しむことと。

 これからは、そんなことを大切にして生きていきたいな、と思う。
 今回の旅のように試行錯誤を重ねてゆくことで、やがては自分に合った旅のカタチ、自分に合った暮らし方が少しずつ見えてくることだろう。
体験や思い出は、誰にも奪われることのない財産だ。
これからはモノをたくさん持つことより、そうした目に見えないものを持つことに価値が高まってゆくような気がする。
人生そのものが旅みたいなものだし……ね。



文・河治和香  歴史時代小説作家

東京葛飾柴又生まれ。

日本大学芸術学部映画学科卒業後、CBSソニーを経て、日本映画監督協会に勤務。

主な著書に、「がいなもん松浦武四郎一代」(第25回中山義秀文学賞、第13回舟橋聖一文学賞受賞)、「ニッポンチ!」、「遊戯神通伊藤若冲」(以上、小学館)、「どぜう屋助七」(実業之日本社)など。

イラスト・杉井ギサブロー  アニメーション映画監督・画家

沼津生まれ、原宿育ち。

東映動画に入社し、日本初の長編アニメ「白蛇伝」の製作にかかわる。その後、手塚治虫の虫プロ創立に参加。「鉄腕アトム」、「まんが日本昔ばなし」、「タッチ」、「キャプテン翼」などのテレビアニメ、劇場用映画として「ジャックと豆の木」、「銀河鉄道の夜」、「あらしのよるに」など多数。

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