旅をしているように毎日を過ごせたらいいのに……そんなことを、ぼんやりとずっと思っていた。
好奇心に満ちた毎日。刺激的な毎日。そして、自由な毎日。
でも、現実にはなかなかむずかしい。
定職に就けば時間は自由にならないし、年とともにだんだんと、「やっぱり家がくつろぐな」と出不精にもなってゆくような気がする。
さて……。

最初に、私のことを少しだけ
私は、〈河治和香〉の名で歴史時代小説を書いている作家。
数年前から仕事場を北海道に移して、今は東京と北海道との2拠点生活。(実情はそれほど立派なものじゃなく、小さな部屋で本や資料に埋もれて暮らしている)
もともとは二十数年間、日本映画監督協会という映画監督の団体で事務の仕事をしていた。副業で映画のシナリオ(その昔、女子大生だった頃の菊池桃子や、裕木奈江、三船美佳のデビュー作などの、いわゆる〈アイドル映画〉というヤツ)や小説を書いていたため、休日や有給休暇まで原稿書いたりしていて、当時は長期休暇なんて夢のまた夢。
……ああ、いつか、自由に自分の時間を使ってみたいなぁ。
やがて、一念発起して筆一本でやっていこうと退職し、さぁこれからは自由だ!と思ったのも束の間、その3ヶ月後に夫が悪性リンパ腫を再発し、1年後には亡くなってしまったのである(ひーん!)。
いきなり私は、定時の仕事どころか、家族からも完全に自由になった。
ところが。
自由になったはずなのに……今度は一人になった不安から、私はひたすら仕事を詰め込んで自分をどんどん追い込むようになった。(仕事でもしていないと堪えられないほど寂しかったんだと思う)
いつの間にか私は、「いつも仕事をしているような気がする」、「いつも仕事のことを考えている」……という状態に。
……なんか、おかしい。
せっかく自由になれたはずなのに!
……そして、このコロナ禍である
今度は自粛生活で、私は家に引き籠もるようになった。
子供もいないし、親兄弟親戚とも縁遠い私は、筋金入りの天涯孤独の身の上。外で人に会うこともなく、他人の目のない家での一人暮らしは自由だけれど、自堕落になりやすい。
引き籠もってみて実感した。
自由気ままで、すこぶる楽ちん。
よくないことだとはわかっているけど、なんだか〈心地よく〉底なし沼にズブズブとはまってゆくみたいな感じ。
……ハッ?!
まずいんじゃないの? こんな生活。
体重が3キロも増えていた。毎日、体も頭もぼんやりと重たいよ。
仕事していない日も、ちっとも体も心もリフレッシュしていないみたい。
「どうしたらいいの、これ……?」
今の時代だからこそ、〈ツギツギの旅〉の提案
そんな時……〈定額制回遊型住み替えサービスTsugiTsugi〉の募集を知ったのだった。
「応募者多数だろうけど、ま、行動しなくちゃ何も始まらないし」
と、軽い気持ちで応募したら当たってしまって……。
結局、私は1ヶ月の〈旅するような暮らし〉に突入することになった。

それは……今の時代(あるいは、私自身)の閉塞感をどうにかしたい、という気持ちと、このコロナ自粛の中で〈新しい自粛の形〉を模索してみたい、というチャレンジするような気持ち。
このプランに参加しているのは、主にノマドワーカーの人たちだろうと思っていたら、実施後のアンケートによると、年齢層もまちまち、意外と女性の参加も多く、さらにはフリーランスの人ばかりでなく、企業に勤めている人や公務員の参加もあったという。
〈旅するような暮らし〉は、特別な人たちだけのものではなく、在宅勤務を始めた方や、すでに仕事をリタイアしたご夫婦など、老若男女、職業問わず、誰にでも少しずつ身近な存在になってきているのかもしれない。
まずは、体験してみた
ほんの思いつきと勢いで、旅に出てしまった私。
でも、この1ヶ月はいろいろなことを見直すきっかけにもなりました。
「1ヶ月も旅するって、どんな感じなんだろう?」
……スケジュールは? 荷物は? 食事は?
そんな問題に直面しながら、右往左往しつつも、のんきに「旅してみた」1ヶ月の記録を、これからレポートしていきたいと思います。

文・河治和香 歴史時代小説作家
東京葛飾柴又生まれ。
日本大学芸術学部映画学科卒業後、CBSソニーを経て、日本映画監督協会に勤務。
主な著書に、「がいなもん松浦武四郎一代」(第25回中山義秀文学賞、第13回舟橋聖一文学賞受賞)、「ニッポンチ!」、「遊戯神通伊藤若冲」(以上、小学館)、「どぜう屋助七」(実業之日本社)など。

イラスト・杉井ギサブロー アニメーション映画監督・画家
沼津生まれ、原宿育ち。
東映動画に入社し、日本初の長編アニメ「白蛇伝」の製作にかかわる。その後、手塚治虫の虫プロ創立に参加。「鉄腕アトム」、「まんが日本昔ばなし」、「タッチ」、「キャプテン翼」などのテレビアニメ、劇場用映画として「ジャックと豆の木」、「銀河鉄道の夜」、「あらしのよるに」など多数。
「このコロナの時代に旅するって……しかも、1ヶ月も?!」
さすがにどうなんだろう?と、旅のモニター当選通知を受けた時、考えた。
万が一、旅の途中で感染したりしてしまったら、ほんと顰蹙ものである。大丈夫かな?
でも……

人生の二巡目は、旅からはじめよう
結果として、私は旅に出ることにした。
今回の1ヶ月コースの時期は、2021年6月の1ヶ月間。他の時期だったら見合わせていたかもしれない。
極めて個人的な理由なのだけれど……実は私はこの6月に誕生日を迎え、いよいよ〈K点越え〉なのだった。
(いやもうカンレキって言えばいいんだけど。なんか漢字で書いてみたら、急に年相応というか、めっきり老け込んだ気分になっちゃって。それで勝手にK点越えとか言ってます。今はそう珍しいことでもないところも、ジャンプのK点越えみたいだし!)
毎年、誕生日は周囲の人が祝ってくれていたけれど、コロナの影響で一昨年は一人で過ごしたし、去年も一人の予定だった。
いい年して、別に誕生日も誕生会もないのだけれど……今回はK点である。
同級生は次々と定年を迎え、まさに人生の後半戦を迎えるポイントとなる日を、ポツンと一人でいつもの日常の中で迎えるのも、ちょっと面白くないような気がした。
……人生の二巡目を、旅から始めるのはどうだろう?
私の場合、今回の旅への衝動は、この一点に尽きる。
ちょうど小説の仕事も本を出したばかりで、次の連載の準備期間だったし……。
そうだ、世の中には、〈リフレッシュ休暇〉なるものがあるらしい。
とにかく頑張ってここまで生きてきたんだから、他人に迷惑をかけないように、それだけは充分気をつけて、1ヶ月、のんびり無為に過ごしてみよう。
旅のマイルール!
それでも、このコロナ禍の世の中を1ヶ月も旅するのである。
いくつかのルールを自分の中で決めることにした。
★人混みには近付かない。
★基本的には、人と会わない。
★できるだけ外食はしない。

……って、そんな旅をして、楽しいのかな?
旅の楽しさは、本来は人の集まる観光地に行き、遠くの友を訪ね、そしてその土地の美味しいものを食べることにあるんじゃないだろうか?
でも、感染リスクもまたそのへんにあるらしいから、今回は仕方ない。
「観光して、お買い物して、美味しいもの食べる」だけが旅の楽しみじゃないし。
そう……それこそ、「暮らすような、旅」。
この旅で、何がしたいの?
と、改めて自問自答してみる。
……旅という非日常に身を置きたいんだ。たぶん、それだけ。
昔、文士といわれる人が執筆のために伊豆や蓼科などに長逗留したのは何のためだったのだろう?
もちろん原稿を書くためといわれているけれど、実際には現実から離れたところに身を置いて、構想を練ったり、考えをまとめたりするためだったのではないか。
非日常は、思考を深める。
というわけで。
今回の旅は、通常の旅の楽しさは追求せず、ただひたすら〈旅という非日常に身を置くこと〉にフォーカスしてみる。
1ヶ月、あちこちの日常ではない場所に籠もってみる。
これもまた自粛生活の一つの形になるかもしれない。
改めて、旅のテーマを考える
★遍路の旅が、自分自身との会話の旅であるように、日常を離れて自分と語り合う旅。
心の中にたまった長年の澱のようなものを整理できたらいいな。
★あるいは、〈人生の棚卸し〉というイメージ。自分を見つめ直して、心の中の整理整頓をする…… 新たな人生の二巡目を踏み出すために。
別に、旅に出なくてもできるんじゃないの?と、突っ込みを入れたくなっちゃうけれど……まぁ、なかなか家じゃ、できないんだよな。(旅先でも、できないかもしれないけど)
自分でも本当は、わかっている。
「そんなことやっても、人生何も変わらないよ」
……そう。でも、やってみたい。その気持ちを大事にしたい。
まぁ、長い人生にそんな〈骨休め〉が、1ヶ月くらいあってもいいんじゃないかな、と思って。

文・河治和香 歴史時代小説作家
東京葛飾柴又生まれ。
日本大学芸術学部映画学科卒業後、CBSソニーを経て、日本映画監督協会に勤務。
主な著書に、「がいなもん松浦武四郎一代」(第25回中山義秀文学賞、第13回舟橋聖一文学賞受賞)、「ニッポンチ!」、「遊戯神通伊藤若冲」(以上、小学館)、「どぜう屋助七」(実業之日本社)など。

イラスト・杉井ギサブロー アニメーション映画監督・画家
沼津生まれ、原宿育ち。
東映動画に入社し、日本初の長編アニメ「白蛇伝」の製作にかかわる。その後、手塚治虫の虫プロ創立に参加。「鉄腕アトム」、「まんが日本昔ばなし」、「タッチ」、「キャプテン翼」などのテレビアニメ、劇場用映画として「ジャックと豆の木」、「銀河鉄道の夜」、「あらしのよるに」など多数。
いよいよ、旅の計画を立ててホテルや交通機関の予約をしなくては。
ところで。
さて……どこへ行こう?
旅は、計画を立てているときが一番楽しい。
可能性は無限大だ。
まずは、利用できる全国の東急ホテルを地図上で確認してみる。
今回の旅のプランは、「東急ホテルありき」。
そこに東急ホテルがあるから、行く。
……いや、待てよ。
ついつい、全部に泊まりたくなってしまうけれど……スタンプラリーじゃないんだから、全部回っていたら、交通費がかかってしまってたいへんだ。
拠点となるホテルを決めて、移動は最小限にしよう。
ホテルや街をチョイス
まず、長期滞在というと荷物が多くなるので、ビジネスホテル系ではなく、キッチン付きで住むように暮らせるバケーションズ〈東急バケーションズ〉系列をピックアップしてみる。
ところがほとんどの施設が車がないと行けないような場所にあることに気付いた。
残念……!
唯一、〈東急バケーションズ箱根強羅〉は、登山鉄道+ケーブル+徒歩と、かなりたいへんだけれど、どうにか車がなくても行けそうだ。
★候補地①……東急バケーションズ箱根強羅
それから、リゾートといえば、やはり沖縄。
★候補地②……宮古島東急ホテル&リゾーツ
私は、お風呂も好きなので、大浴場付のホテルもチョイスしてみよう。
★候補地③……富士山三島東急ホテル
★候補地④……二子玉川エクセル東急ホテル
東京に家はあるけれど、とにかく1ヶ月間は泊まり放題なので、東京でもホテルに泊まってみる。東京のホテルに泊まる機会なんてほとんどないから、ちょっと楽しみ。
ジムのあるホテルもあるよ
ホテルの施設をいろいろ調べてみると、いくつかのホテルはジムを併設していることに気付いた。
「せっかくならば、ジムも利用してみようかな」

そうだ。今回の旅では、毎日の運動も日課にしよう。
ところが。
ジム併設のホテルは各地にあるけれど、コロナの影響で、そのほとんどがその頃は使用不可だった。毎日ジム通いのプランは、敢えなく断念。
それならば……
街を歩こう!
知らない街に行くと、なぜかよく歩く。
街を歩くだけならば、コロナの影響もないし、多少は体力作りになるかも。
歩いていて楽しそうな街は、どこだろう?
私は歴史が好きなので……やはり、歴史の古い町かな。
ということで、
★候補地⑤……金沢東急ホテル
★候補地⑥……京都東急ホテル
……だいたい、こんなところで、どうかな?
それぞれのホテルに5日間くらい滞在すると、ちょうど1ヶ月だ。
シミュレーションしてみる!
6月のカレンダーを何枚かコピーして台紙を作り、泊まる場所をフセンに書いて貼ってゆく。飛行機を利用の場合、日にちや時間によって料金がびっくりするくらい違うので、いろいろな回り方をシミュレーションしてみた。
「やっぱり、旅は最後に向けて盛り上がった方がいいから、宮古島は後半かな……あ、宮古島名物のマンゴーは6月中旬からだ、最後は、まったり箱根にしようか……」
などと、いろいろな要素を盛り込みながら、回り方を考える。
ホテルの予約は、30日分。
なかなか予約のしがいがあって、ちゃんとメモしておかないと、いつ、どこのホテルを予約したのか混乱してしまう。
飛行機も予約して……はーっ、できた!

……旅立つ前に、すでに妙な達成感。
それにしても。本当は。
先の予定は何も入れないで、自由気ままに、その日、その日の気分で、ホテルを転々とする……なんていうのもすてきだろうなぁ、とふと思う。
ついキチキチと予定をたててしまうところが、妙に貧乏性っぽいと、自分でも情けなく思ってしまうのであった。

文・河治和香 歴史時代小説作家
東京葛飾柴又生まれ。
日本大学芸術学部映画学科卒業後、CBSソニーを経て、日本映画監督協会に勤務。
主な著書に、「がいなもん松浦武四郎一代」(第25回中山義秀文学賞、第13回舟橋聖一文学賞受賞)、「ニッポンチ!」、「遊戯神通伊藤若冲」(以上、小学館)、「どぜう屋助七」(実業之日本社)など。

イラスト・杉井ギサブロー アニメーション映画監督・画家
沼津生まれ、原宿育ち。
東映動画に入社し、日本初の長編アニメ「白蛇伝」の製作にかかわる。その後、手塚治虫の虫プロ創立に参加。「鉄腕アトム」、「まんが日本昔ばなし」、「タッチ」、「キャプテン翼」などのテレビアニメ、劇場用映画として「ジャックと豆の木」、「銀河鉄道の夜」、「あらしのよるに」など多数。