旅をしているように毎日を過ごせたらいいのに……そんなことを、ぼんやりとずっと思っていた。
好奇心に満ちた毎日。刺激的な毎日。そして、自由な毎日。
でも、現実にはなかなかむずかしい。
定職に就けば時間は自由にならないし、年とともにだんだんと、「やっぱり家がくつろぐな」と出不精にもなってゆくような気がする。
さて……。

最初に、私のことを少しだけ

私は、〈河治和香〉の名で歴史時代小説を書いている作家。
数年前から仕事場を北海道に移して、今は東京と北海道との2拠点生活。(実情はそれほど立派なものじゃなく、小さな部屋で本や資料に埋もれて暮らしている)
もともとは二十数年間、日本映画監督協会という映画監督の団体で事務の仕事をしていた。副業で映画のシナリオ(その昔、女子大生だった頃の菊池桃子や、裕木奈江、三船美佳のデビュー作などの、いわゆる〈アイドル映画〉というヤツ)や小説を書いていたため、休日や有給休暇まで原稿書いたりしていて、当時は長期休暇なんて夢のまた夢。

……ああ、いつか、自由に自分の時間を使ってみたいなぁ。

 やがて、一念発起して筆一本でやっていこうと退職し、さぁこれからは自由だ!と思ったのも束の間、その3ヶ月後に夫が悪性リンパ腫を再発し、1年後には亡くなってしまったのである(ひーん!)。

いきなり私は、定時の仕事どころか、家族からも完全に自由になった。
 

ところが。
自由になったはずなのに……今度は一人になった不安から、私はひたすら仕事を詰め込んで自分をどんどん追い込むようになった。(仕事でもしていないと堪えられないほど寂しかったんだと思う)
いつの間にか私は、「いつも仕事をしているような気がする」、「いつも仕事のことを考えている」……という状態に。
 ……なんか、おかしい。
せっかく自由になれたはずなのに!

……そして、このコロナ禍である

今度は自粛生活で、私は家に引き籠もるようになった。

子供もいないし、親兄弟親戚とも縁遠い私は、筋金入りの天涯孤独の身の上。外で人に会うこともなく、他人の目のない家での一人暮らしは自由だけれど、自堕落になりやすい。

 引き籠もってみて実感した。

 自由気ままで、すこぶる楽ちん。

よくないことだとはわかっているけど、なんだか〈心地よく〉底なし沼にズブズブとはまってゆくみたいな感じ。

 ……ハッ?!

 まずいんじゃないの? こんな生活。

 体重が3キロも増えていた。毎日、体も頭もぼんやりと重たいよ。

 仕事していない日も、ちっとも体も心もリフレッシュしていないみたい。

「どうしたらいいの、これ……?」

今の時代だからこそ、〈ツギツギの旅〉の提案

そんな時……〈定額制回遊型住み替えサービスTsugiTsugi〉の募集を知ったのだった。
「応募者多数だろうけど、ま、行動しなくちゃ何も始まらないし」
と、軽い気持ちで応募したら当たってしまって……。
結局、私は1ヶ月の〈旅するような暮らし〉に突入することになった。

それは……今の時代(あるいは、私自身)の閉塞感をどうにかしたい、という気持ちと、このコロナ自粛の中で〈新しい自粛の形〉を模索してみたい、というチャレンジするような気持ち。

 このプランに参加しているのは、主にノマドワーカーの人たちだろうと思っていたら、実施後のアンケートによると、年齢層もまちまち、意外と女性の参加も多く、さらにはフリーランスの人ばかりでなく、企業に勤めている人や公務員の参加もあったという。
 〈旅するような暮らし〉は、特別な人たちだけのものではなく、在宅勤務を始めた方や、すでに仕事をリタイアしたご夫婦など、老若男女、職業問わず、誰にでも少しずつ身近な存在になってきているのかもしれない。

まずは、体験してみた

ほんの思いつきと勢いで、旅に出てしまった私。

でも、この1ヶ月はいろいろなことを見直すきっかけにもなりました。

「1ヶ月も旅するって、どんな感じなんだろう?」

……スケジュールは? 荷物は? 食事は?

そんな問題に直面しながら、右往左往しつつも、のんきに「旅してみた」1ヶ月の記録を、これからレポートしていきたいと思います。



文・河治和香  歴史時代小説作家

東京葛飾柴又生まれ。

日本大学芸術学部映画学科卒業後、CBSソニーを経て、日本映画監督協会に勤務。

主な著書に、「がいなもん松浦武四郎一代」(第25回中山義秀文学賞、第13回舟橋聖一文学賞受賞)、「ニッポンチ!」、「遊戯神通伊藤若冲」(以上、小学館)、「どぜう屋助七」(実業之日本社)など。

イラスト・杉井ギサブロー  アニメーション映画監督・画家

沼津生まれ、原宿育ち。

東映動画に入社し、日本初の長編アニメ「白蛇伝」の製作にかかわる。その後、手塚治虫の虫プロ創立に参加。「鉄腕アトム」、「まんが日本昔ばなし」、「タッチ」、「キャプテン翼」などのテレビアニメ、劇場用映画として「ジャックと豆の木」、「銀河鉄道の夜」、「あらしのよるに」など多数。

「このコロナの時代に旅するって……しかも、1ヶ月も?!」
 さすがにどうなんだろう?と、旅のモニター当選通知を受けた時、考えた。
 万が一、旅の途中で感染したりしてしまったら、ほんと顰蹙ものである。大丈夫かな?

でも……

人生の二巡目は、旅からはじめよう

結果として、私は旅に出ることにした。
 今回の1ヶ月コースの時期は、2021年6月の1ヶ月間。他の時期だったら見合わせていたかもしれない。
 極めて個人的な理由なのだけれど……実は私はこの6月に誕生日を迎え、いよいよ〈K点越え〉なのだった。
(いやもうカンレキって言えばいいんだけど。なんか漢字で書いてみたら、急に年相応というか、めっきり老け込んだ気分になっちゃって。それで勝手にK点越えとか言ってます。今はそう珍しいことでもないところも、ジャンプのK点越えみたいだし!)
 毎年、誕生日は周囲の人が祝ってくれていたけれど、コロナの影響で一昨年は一人で過ごしたし、去年も一人の予定だった。
 いい年して、別に誕生日も誕生会もないのだけれど……今回はK点である。
同級生は次々と定年を迎え、まさに人生の後半戦を迎えるポイントとなる日を、ポツンと一人でいつもの日常の中で迎えるのも、ちょっと面白くないような気がした。

……人生の二巡目を、旅から始めるのはどうだろう?

私の場合、今回の旅への衝動は、この一点に尽きる。
 ちょうど小説の仕事も本を出したばかりで、次の連載の準備期間だったし……。
 そうだ、世の中には、〈リフレッシュ休暇〉なるものがあるらしい。
 とにかく頑張ってここまで生きてきたんだから、他人に迷惑をかけないように、それだけは充分気をつけて、1ヶ月、のんびり無為に過ごしてみよう。

旅のマイルール!

それでも、このコロナ禍の世の中を1ヶ月も旅するのである。
いくつかのルールを自分の中で決めることにした。
 ★人混みには近付かない。
 ★基本的には、人と会わない。
 ★できるだけ外食はしない。

……って、そんな旅をして、楽しいのかな?
 旅の楽しさは、本来は人の集まる観光地に行き、遠くの友を訪ね、そしてその土地の美味しいものを食べることにあるんじゃないだろうか?
でも、感染リスクもまたそのへんにあるらしいから、今回は仕方ない。
 「観光して、お買い物して、美味しいもの食べる」だけが旅の楽しみじゃないし。
 そう……それこそ、「暮らすような、旅」。

この旅で、何がしたいの?

と、改めて自問自答してみる。
 ……旅という非日常に身を置きたいんだ。たぶん、それだけ。
 昔、文士といわれる人が執筆のために伊豆や蓼科などに長逗留したのは何のためだったのだろう?
 もちろん原稿を書くためといわれているけれど、実際には現実から離れたところに身を置いて、構想を練ったり、考えをまとめたりするためだったのではないか。
 非日常は、思考を深める。
というわけで。
今回の旅は、通常の旅の楽しさは追求せず、ただひたすら〈旅という非日常に身を置くこと〉にフォーカスしてみる。
1ヶ月、あちこちの日常ではない場所に籠もってみる。
これもまた自粛生活の一つの形になるかもしれない。

改めて、旅のテーマを考える

★遍路の旅が、自分自身との会話の旅であるように、日常を離れて自分と語り合う旅。
心の中にたまった長年の澱のようなものを整理できたらいいな。
★あるいは、〈人生の棚卸し〉というイメージ。自分を見つめ直して、心の中の整理整頓をする……   新たな人生の二巡目を踏み出すために。

別に、旅に出なくてもできるんじゃないの?と、突っ込みを入れたくなっちゃうけれど……まぁ、なかなか家じゃ、できないんだよな。(旅先でも、できないかもしれないけど)
 自分でも本当は、わかっている。

「そんなことやっても、人生何も変わらないよ」

……そう。でも、やってみたい。その気持ちを大事にしたい。
 まぁ、長い人生にそんな〈骨休め〉が、1ヶ月くらいあってもいいんじゃないかな、と思って。



文・河治和香  歴史時代小説作家

東京葛飾柴又生まれ。

日本大学芸術学部映画学科卒業後、CBSソニーを経て、日本映画監督協会に勤務。

主な著書に、「がいなもん松浦武四郎一代」(第25回中山義秀文学賞、第13回舟橋聖一文学賞受賞)、「ニッポンチ!」、「遊戯神通伊藤若冲」(以上、小学館)、「どぜう屋助七」(実業之日本社)など。

イラスト・杉井ギサブロー  アニメーション映画監督・画家

沼津生まれ、原宿育ち。

東映動画に入社し、日本初の長編アニメ「白蛇伝」の製作にかかわる。その後、手塚治虫の虫プロ創立に参加。「鉄腕アトム」、「まんが日本昔ばなし」、「タッチ」、「キャプテン翼」などのテレビアニメ、劇場用映画として「ジャックと豆の木」、「銀河鉄道の夜」、「あらしのよるに」など多数。

いよいよ、旅の計画を立ててホテルや交通機関の予約をしなくては。
 ところで。
さて……どこへ行こう?

旅は、計画を立てているときが一番楽しい。
 可能性は無限大だ。
 まずは、利用できる全国の東急ホテルを地図上で確認してみる。
 今回の旅のプランは、「東急ホテルありき」。
 そこに東急ホテルがあるから、行く。
 ……いや、待てよ。
 ついつい、全部に泊まりたくなってしまうけれど……スタンプラリーじゃないんだから、全部回っていたら、交通費がかかってしまってたいへんだ。
 拠点となるホテルを決めて、移動は最小限にしよう。

ホテルや街をチョイス

まず、長期滞在というと荷物が多くなるので、ビジネスホテル系ではなく、キッチン付きで住むように暮らせるバケーションズ〈東急バケーションズ〉系列をピックアップしてみる。
 ところがほとんどの施設が車がないと行けないような場所にあることに気付いた。
 残念……!
 唯一、〈東急バケーションズ箱根強羅〉は、登山鉄道+ケーブル+徒歩と、かなりたいへんだけれど、どうにか車がなくても行けそうだ。
★候補地①……東急バケーションズ箱根強羅
 それから、リゾートといえば、やはり沖縄。
★候補地②……宮古島東急ホテル&リゾーツ
 私は、お風呂も好きなので、大浴場付のホテルもチョイスしてみよう。
★候補地③……富士山三島東急ホテル
★候補地④……二子玉川エクセル東急ホテル

 東京に家はあるけれど、とにかく1ヶ月間は泊まり放題なので、東京でもホテルに泊まってみる。東京のホテルに泊まる機会なんてほとんどないから、ちょっと楽しみ。

ジムのあるホテルもあるよ

 ホテルの施設をいろいろ調べてみると、いくつかのホテルはジムを併設していることに気付いた。
「せっかくならば、ジムも利用してみようかな」

 そうだ。今回の旅では、毎日の運動も日課にしよう。
 ところが。
 ジム併設のホテルは各地にあるけれど、コロナの影響で、そのほとんどがその頃は使用不可だった。毎日ジム通いのプランは、敢えなく断念。
 それならば……

街を歩こう!

 知らない街に行くと、なぜかよく歩く。
 街を歩くだけならば、コロナの影響もないし、多少は体力作りになるかも。
 歩いていて楽しそうな街は、どこだろう?
 私は歴史が好きなので……やはり、歴史の古い町かな。
 ということで、
★候補地⑤……金沢東急ホテル
★候補地⑥……京都東急ホテル
 ……だいたい、こんなところで、どうかな?
 それぞれのホテルに5日間くらい滞在すると、ちょうど1ヶ月だ。

シミュレーションしてみる!

 6月のカレンダーを何枚かコピーして台紙を作り、泊まる場所をフセンに書いて貼ってゆく。飛行機を利用の場合、日にちや時間によって料金がびっくりするくらい違うので、いろいろな回り方をシミュレーションしてみた。
「やっぱり、旅は最後に向けて盛り上がった方がいいから、宮古島は後半かな……あ、宮古島名物のマンゴーは6月中旬からだ、最後は、まったり箱根にしようか……」
 などと、いろいろな要素を盛り込みながら、回り方を考える。
 ホテルの予約は、30日分。
なかなか予約のしがいがあって、ちゃんとメモしておかないと、いつ、どこのホテルを予約したのか混乱してしまう。

 飛行機も予約して……はーっ、できた!


 ……旅立つ前に、すでに妙な達成感。
 それにしても。本当は。
 先の予定は何も入れないで、自由気ままに、その日、その日の気分で、ホテルを転々とする……なんていうのもすてきだろうなぁ、とふと思う。
 ついキチキチと予定をたててしまうところが、妙に貧乏性っぽいと、自分でも情けなく思ってしまうのであった。



文・河治和香  歴史時代小説作家

東京葛飾柴又生まれ。

日本大学芸術学部映画学科卒業後、CBSソニーを経て、日本映画監督協会に勤務。

主な著書に、「がいなもん松浦武四郎一代」(第25回中山義秀文学賞、第13回舟橋聖一文学賞受賞)、「ニッポンチ!」、「遊戯神通伊藤若冲」(以上、小学館)、「どぜう屋助七」(実業之日本社)など。

イラスト・杉井ギサブロー  アニメーション映画監督・画家

沼津生まれ、原宿育ち。

東映動画に入社し、日本初の長編アニメ「白蛇伝」の製作にかかわる。その後、手塚治虫の虫プロ創立に参加。「鉄腕アトム」、「まんが日本昔ばなし」、「タッチ」、「キャプテン翼」などのテレビアニメ、劇場用映画として「ジャックと豆の木」、「銀河鉄道の夜」、「あらしのよるに」など多数。

  「旅をするように暮らしたい」という言葉には、「モノを持たずに身軽に生きたい」という意味も含まれているような気がする。
 「トランクひとつの荷物だけで暮らしたい」……とか。

ところで。
『365日のシンプルライフ』というドキュメンタリーを元にした劇映画『100日間のシンプルライフ』の予告編は、こんなふうなセリフからはじまる。

「祖父母の持ち物は200個、両親の持ち物は650個、僕たちの持ち物は1万個だ」

……なかなか衝撃的な事実。
試しに私も今回の長旅の荷造りするにあたって「生活に必要なものってどれくらいあるんだろう?」と1週間ほどかけてリストアップしてみた。
 ……なに、この量?!
 モノの多さは、生きていく上での不安の裏返しかもしれない。

持ち物の山に挫折する

 北は北海道から、南は沖縄まで旅するので、滞在場所ごとに衣服計画を立ててみた。
 メモを見ると、ほとんど、女性誌の〈着回しコーデ1ヶ月〉企画みたいである。
 トランクに詰める荷物の山を見て、呆然とした。
 若い頃ならば、「なんでもいい」と頓着しなかったのに、年とともにこだわりが強くなり、いつの間にか「慣れ親しんだ日常」に固執している。
……自分はもう若くないんだな。
そんなことを実感する。
 私は、一人旅の寂しさを、「いつもの愛着のある日常品」で埋めようとしているのだった。そして……結局、その現実を受け入れて大量の荷物とともに旅することを、私は選んでしまったのである。
 今は物流が発達しているので、もう、大きなトランクに詰めて、次の滞在地へと送りながら旅をしよう、と決断したのだ。

ついに枕まで……!

 〈身軽な旅〉を放擲した時点で、私がその巨大なトランクに詰め込んだもの……それは、枕。
 よく「枕が変わると寝られない」というけれど、逆にいえば、「枕さえいつもと同じならば、どこでも熟睡できる」ということ。私の枕は羽毛で圧縮すると意外にペッタンコになるので、とうとう枕まで持参することに!

 ついでに旅の相棒に、昔、未亡人になったばかりの頃、最初の旅の機内で購入したクマのぬいぐるみも荷物の隙間に入れた。
 (いやはや、「ぬい旅」(ぬいぐるみと旅する)というわけではないんだけど、部屋に戻ってきたときに、ベッドにちょこんとクマがいると、なんだかほっこりするので。ちなみに枕の横にあるグリーンの玉は、マッサージボール)

宅急便の重さを越えたらどうなる?!

 それにしても、このトランクは大きい。何も入れなくても8キロもある。
 ヤマト運輸に問い合わせしてみたら、いわゆる宅急便というのは、三辺の計が160㎝までとのこと。スーツケースの形状であれば多少大きくても大丈夫らしい。
 問題は重量で、25キロまで。それを越えてしまうとヤマト便になってしまい、翌日配送などのサービスが受けられなくなってしまう。
「旅先で重量が25キロを越えてしまったらどうしたらいいんでしょうか?」
 恐る恐る聞いてみたら、「その時は、いくつかに分けて発送して下さい」と至極真っ当な返答が。いざという時のために、百均の大きなファスナー付シートバッグと、養生テープなどの梱包セットも入れておく。
 そして、荷物はどんどん限りなく増えてゆくのであった。(……こわい!)

荷造り中の妄想の罠

 荷物は最小限に……これは旅の鉄則だとはわかっているのだけれど、初めての経験なので、どうしても不安になって荷物が多くなる。さらには、いろいろ「やりたいこと」や、「できるかもしれない」と思ったものも持っていきたくなって……。
 結局は、旅に出たら、それほどできることってないのかもしれない。
 それなのに、どうしてあれもこれも、持っていきたくなるんだろう。
「こんなに荷物持って……1ヶ月もフラフラ旅して……大丈夫なんだろうか?」
 直前になって、なんだか不安になってきてしまった。

 それにしても。
 旅は準備がたいへんだ、という人がいる。
 旅は準備が楽しい、という人もいる。
 私はこの過程がたいへんだったけど、なかなか面白かった。
 トランクの中には、衣服などのオシャレ関係よりも、一人でいる時間が不安にならないように本を用意したり、ティータイムが充実するようにとコーヒー豆から、お茶の急須まで詰め込んだ。
旅の荷物を眺めてみると、改めて今の自分にとっての大事なものの優先順位がわかったような気がする。

 ホテルが落ち着くのは、モノがないからだ。モノがあふれていると思考も行動もスッキリしない。せっかくモノがないホテルライフに、結局ゴチャゴチャと日常を持ち込んではもったいなかったな……ということを悟ったのは、残念ながら旅から戻ってからのことであった。ああ!



文・河治和香  歴史時代小説作家

東京葛飾柴又生まれ。

日本大学芸術学部映画学科卒業後、CBSソニーを経て、日本映画監督協会に勤務。

主な著書に、「がいなもん松浦武四郎一代」(第25回中山義秀文学賞、第13回舟橋聖一文学賞受賞)、「ニッポンチ!」、「遊戯神通伊藤若冲」(以上、小学館)、「どぜう屋助七」(実業之日本社)など。

イラスト・杉井ギサブロー  アニメーション映画監督・画家

沼津生まれ、原宿育ち。

東映動画に入社し、日本初の長編アニメ「白蛇伝」の製作にかかわる。その後、手塚治虫の虫プロ創立に参加。「鉄腕アトム」、「まんが日本昔ばなし」、「タッチ」、「キャプテン翼」などのテレビアニメ、劇場用映画として「ジャックと豆の木」、「銀河鉄道の夜」、「あらしのよるに」など多数。

 さぁ、いよいよ今日から1ヶ月の旅が始まる……という出発の朝は、大忙しである。
 ふだんなかなか洗えないカーテンやシーツなどリネン類を洗濯する。洗濯していると、
「……いよいよ旅に出るのだ」
という高揚した気持ちがふつふつと湧き上がってくる。

ニコタマ、お洒落すぎる!

 今回の旅は北海道の家からの出発である。
 東京にも家はあるけれど、せっかくなので「東京ホテルライフ」から旅を始めよう。
ということで、家に荷物を置いたあと(←なんかへんな感じ!)、まず〈二子玉川エクセルホテル東急〉に。
実は、二子玉川ってほとんど行ったことがない。お洒落なお店がいっぱいだ。
ホテルのあるビル〈ライズ〉には商業施設がいろいろ入っていて、〈蔦屋家電〉にあるコンビニのファミマも、ふつうのファミマとは何か違っていて妙にオシャレ。(実際、店内にはワインがずらっと並んでいたり、文具が充実していたり……中身もぜんぜん違っていてびっくりした)
……もはや、ほとんど〈お上りさん〉状態。
ホテルの入口がわからなくて、ライズの回りをグルグル回ってしまった。(ホテルの入口、レストランのドアみたいで気付かなかった)
考えてみたら、うちからニコタマまで電車で20分、直線距離にしたら8キロくらいしかないのに……外国に来たみたいだ!

新しいホテルのカタチ

 二子玉川エクセルホテル東急は、部屋のレイアウトも斬新だった。
 部屋に入るとまず洗濯機がある。
 なんと洗濯機の上に電子レンジ。ティーカップなどのお茶のコーナー。すごい取り合わせだなぁ。
 その隣には台所のシンク、そしてIHヒーター。おお、台所付きだぞ。

 窓の外を見ると……ええっ?! 木が生い茂っているよ!
「……ここ、何階?」
 このホテルは、最上階がフロントで(眺望抜群!)、この部屋はその一つ下の階のはず……なんと、ビルの内側の部屋は窓から外を眺められない代わりに、屋上庭園の広いベランダがついているのであった。
 窓が全開になるホテルの部屋というのも、なかなかいいものだ。
 テレビが壁掛け式になってから、ホテルの部屋のレイアウトは劇的に変わったように思う。台所のシンクとは別に設置されている洗面台は高くて使いやすかった。レイアウトだけでなく、部屋のあちこちが微妙に新しい感覚。
 このホテルには大浴場がある。大きい湯船に浸かっていると、小さなバスダブより疲れがとれるような気がするから不思議だ。

渋谷ストリーム?!

 翌日は、東京での仕事をこなし、今度は渋谷ストリームエクセル東急ホテルに宿泊する。

 この頃の渋谷の変貌は目まぐるしく、ちょっと行かないと、どんどん知らない街になってゆくようだ。
「渋谷ストリームって、ヒカリエとは違うんだな。まてよ、このスクランブルスクエアってなんだっけ?」
地図を見ても、さっぱりわからない。かつて渋谷に20年も通勤していた私なのに……!
またまた迷子になるのは避けたいので、とにかく地下道のC4出口を目指してゆく。
 と、地上に出てみれば……
「……ここ、どこ?」
 ぜんぜんわからない。川があるから、渋谷警察署あたりなのか?
 ……もはや、駅から徒歩3分の渋谷樹海に迷い込んだ気分。
 たどり着いた渋谷エクストリームエクセルホテル東急も、超おしゃれな雰囲気だった。各階に靴のメンテナンスやクッキングスペースなどが設けられている。すごいアットホームな感じ。
 ここも部屋の窓は全面だった。素晴らしい眺め!……なのだけれど、まだ、自分がどこにいるのかわからなくて、なんだか落ち着かない。
 翌朝、エレベーターで乗り合わせたカップルの彼女の方が、「じゃ、私JRだから」と、2階で降りたので、やっと気付いた。
 ……もしかして、2階の通路で渋谷駅に直結しているのか?!
 帰りは2階から長い通路を人の流れに沿ってひたすら真っ直ぐ歩いてみたら、スクランブルスクエアを通ってJR渋谷駅にたどりついた。なんだ、階段上ったり降りたりして、ひたすら地下C4出口経由でストリームまで行っていたけれど、駅直結だったんじゃん!
私はやっと自分がどこにいたのか理解したのであった。
「ストリームは昔の東横線の改札あたりで、スクランブルスクエアっていうのは、要するに昔の東急東横店か!」
 悲しいかな、なぜか昔の建物をあてはめて、やっと理解している。なんといっても私の頭の中の地図にあるのは、昔の〈東横〉ままなのだ。
 いやはや……渋谷の街は、地上に巡らされた通路で縦横無尽にビルからビルへとつながるようになったらしい。
 まるで、子どもの頃に思い描いた未来都市のよう……。
 うちからもっとも近い繁華街の渋谷が、本当に見知らぬ街のように思えた。
 それは、家ではなくてホテルに泊まったことによる感慨だったのかもしれない。



文・河治和香  歴史時代小説作家

東京葛飾柴又生まれ。

日本大学芸術学部映画学科卒業後、CBSソニーを経て、日本映画監督協会に勤務。

主な著書に、「がいなもん松浦武四郎一代」(第25回中山義秀文学賞、第13回舟橋聖一文学賞受賞)、「ニッポンチ!」、「遊戯神通伊藤若冲」(以上、小学館)、「どぜう屋助七」(実業之日本社)など。

イラスト・杉井ギサブロー  アニメーション映画監督・画家

沼津生まれ、原宿育ち。

東映動画に入社し、日本初の長編アニメ「白蛇伝」の製作にかかわる。その後、手塚治虫の虫プロ創立に参加。「鉄腕アトム」、「まんが日本昔ばなし」、「タッチ」、「キャプテン翼」などのテレビアニメ、劇場用映画として「ジャックと豆の木」、「銀河鉄道の夜」、「あらしのよるに」など多数。

 旅の空で誕生日を迎える。
 と、いっても厳密には家があるのに、ホテルに泊まっているだけの〈旅〉だけれど。
 (昔、バブルの頃は、クリスマスに都内のホテルに泊まったりしたものだ。懐かしい)
 とまれ、今はコロナ禍の世の中である。
 さて、どうやって過ごそうか……。

まず、朝ごはんを食べよう

 目下、私が一番気に入っている〈モーニング〉は、目黒駅の近くにある「果実園リーベル」というフルーツパーラーのフルーツサンド。

  季節のフルーツがギッチリ。フルーツヨーグルトも、これでもか!と果物が入っていて、食べ応え充分。
 朝、7時半から営業しているので、早起きして行くのがオススメ。昼になると行列の人気店なのである。(モーニングの時間帯は、コーヒーのおかわりもついてくるよ!)

プレゼントを買うのだ!

 「自分へのごほうび」という言い方が、どうもあまり好きになれない。言い訳っぽい感じがいやなのかな。そう、でも自分で自分に贅沢品を買うときは、いつでも、ちょっと言い訳したくなるのかも。
 そうだ。こんなときこそ……百貨店の商品券を利用しよう。
 デパートにはほとんど行かないので、贈答用の商品券がいつの間にかたまっている。これを使ってしまえば後ろめたくないぞ。
 というわけで、私は勇んでデパートに。
 目指すは、ディプティック。奇しくも私が生まれた年に創業したフランスの香水店。そう、自分自身への誕生日プレゼントはディプティックの香水にしよう。
 私は、〈オルフェオン〉という香りを選んだ。
 ディプティックが創業した頃、店の隣にあったバーの名前からつけられた香水。
 うーむ、私の生まれた頃のサンジェルマンの夜は、こんな香りのイメージなのか。
 香りは体の一部と直結して、気持ちを活性化してくれるような気がする。
 旅の道づれに、新しい香水……ふふふ、なんだかちょっと楽しい。

さて、誕生日のディナーは?

 せっかくの誕生日だ。大好きなものを食べよう。
 もう、前から決めていた。
 東京を離れると、無性に食べたくなるもの……江戸っ子のソウルフードといえば、〈弁松〉の弁当!
 (何をもって〈江戸っ子のソウルフード〉とするかは、人それぞれだと思うけれど、この弁松の弁当の「濃ゆい」と言われる味付けが、まさに江戸から続いた味であることは間違いないのではないかと思う)
 たかが弁当とあなどることなかれ。
 弁松の弁当は、ごちそうなのである。

 〈弁松〉は江戸時代から続く最も古い弁当屋。おかずは小さな焼き魚の他は、野菜の煮物ばかり。これが甘辛くてとっても美味しい。そう、江戸の味は甘くてしょっぱい。〈つと麩〉とか、〈生姜の辛煮〉とか、ここでしか味わえない煮物も。
 そして最後に、隅にみっちり入った豆きんとんで締めると、満足感でいっぱいになるのだ。そうそう、この日はめでたい日なのでお赤飯にした。ははは!

ケーキは別腹なのだ

 もちろん、誕生日だからケーキも食べる。

 久しぶりに東急フードショーに出かけた。
 ……って、フードショーが、マークシティ1階に移動していた。しかも、ここはスイーツの店ばかりではないか!
 まぶしすぎる……!
 どの店にも美味しそうなお菓子が並んでいて、目移りしてしまって決められない。
「お菓子というのは……文化なんだなぁ」
と、ふと思う。
 もちろん地方都市でも美味しいお菓子はたくさんある。そう、饅頭とショートケーキが一緒に並んでいるのもいいんだけれど……何といったらいいのだろう、このマークシティのフードショーに並ぶスイーツのそれぞれに洗練された雰囲気は?!
 迷いに迷って、〈パティスリーカメリア銀座〉の「キュート」というケーキを買った。

こってりして見えるけれど、中はフランボワーズのムースとゼリーで意外に軽い味わい。

 東急フードショーは、二子玉川エクセルホテル東急の近くにもあり、もちろん渋谷にもあって、ここでお惣菜を買ってホテルの部屋で食べていると、いわゆる「惣菜を部屋でモソモソ食べる」というしょぼくれたイメージが一掃されてしまう。
 いわゆる「デパ地下」なんだろうけれど、もっと食に対してクリエイティブな気持ちがあふれている。「こんな食べ物があるんだ!」とわくわくしてくる何かがある。
 ひとりで暮らししていると、なんとなくお惣菜を買って食べることに後ろめたさを感じたりするのだが、東急フードショーの惣菜とホテル暮らしは、その気持ちをもっと前向きにさせてくれたような気がする。
 こんな誕生日もいいかも、ね。でも……ちょっと、太ったかも!



文・河治和香  歴史時代小説作家

東京葛飾柴又生まれ。

日本大学芸術学部映画学科卒業後、CBSソニーを経て、日本映画監督協会に勤務。

主な著書に、「がいなもん松浦武四郎一代」(第25回中山義秀文学賞、第13回舟橋聖一文学賞受賞)、「ニッポンチ!」、「遊戯神通伊藤若冲」(以上、小学館)、「どぜう屋助七」(実業之日本社)など。

イラスト・杉井ギサブロー  アニメーション映画監督・画家

沼津生まれ、原宿育ち。

東映動画に入社し、日本初の長編アニメ「白蛇伝」の製作にかかわる。その後、手塚治虫の虫プロ創立に参加。「鉄腕アトム」、「まんが日本昔ばなし」、「タッチ」、「キャプテン翼」などのテレビアニメ、劇場用映画として「ジャックと豆の木」、「銀河鉄道の夜」、「あらしのよるに」など多数。

 いよいよ東京を離れ、旅に出る。
最初の目的地は、品川から新幹線だと35分でついてしまう三島。
 実は、この日は東京での仕事が押して最終便に近い新幹線で向かう。品川駅も新幹線も深夜はひとけもなく移動は快適だった。
 夜の移動は景色は楽しめないけれど、このコロナ禍ではなかなかいいかもしれない。

意外に穴場かも!

 富士山三島東急ホテルは、駅前である。
 窓からは富士山、そして眼下には三島駅のホーム。(鉄道・貨物好きにはたまらないロケーションかも)
 ここも、部屋に入るとまず洗面台がある。
 最近のホテルは、洗面所はトイレや浴室と一緒ではなく、ドアの外に設置されるケースが増えているようだ。手洗い励行の毎日においては、いちいちトイレのドアを開けなくてすむので、とても便利。
 このホテルは、一見ビジネスホテルのようにみえて長期滞在も可能な部屋のレイアウトになっている。引き出しなどの収納も多い。

町中に水が湧き出ているぞ

 三島では、毎朝三嶋大社まで散歩した。ラジオ体操とウォーキングを日課にする。

 この町は、富士山の伏流水があちこちにあふれている。道の横のドブさえも美しい流れだ。ホテルから三嶋大社までの道すがらは、「水辺の文学碑」が建ち並んでいるのだけれど、この文学碑……様々な作家の記した三島の印象をひとつひとつ読むだけで、この街の魅力がよくわかる。
 ホテルに戻れば、富士山を眺めながら大浴場で朝からお風呂……ああ、何という贅沢だろう!
 ホテルの前には「楽寿園」という公園がある。
 入園料300円だけれど、ここもすごくすてきな散歩コース。おすすめ。
 (三島を出発する日に出かけた私は、園内があまりに広いので迷子なり、新幹線に乗り遅れそうになった!)

三島グルメ・街中篇

 三島は美味しいものがいっぱいある。
 まず、有名なのは……ウナギ。有名な店はいくつもあるが、私は「すみの坊」という店で、一番安いうな丼3800円を奮発して食べた。(店内は、私ひとりだった)
 ふかふかの関東風。「蒸し」てから「焼く」蒲焼きである。
 ……やっぱり美味しい。(でも、ひとりなので、黙々と食べる!)
 もうひとつの名物は、〈みしまコロッケ〉である。(三島は馬鈴薯のメイクイーンの産地であるらしい)
 観光協会で、コロッケ地図をもらってくる。いやはや町中のあちこちの飲食店でコロッケを作っている。居酒屋でもテイクアウトできるらしいのだが(鰻コロッケなんていうのもある!)、さすがに居酒屋でコロッケ1個注文するのも気が引けるので、私は少し歩いて〈グルッペ〉というパン屋で売っている「みしまコロッケ」と「ダイヤモンド富士」の2種類を買ってきた。

 左が〈みしまコロッケ〉、右が半熟卵入りの〈ダイヤモンド富士〉。美味!

三島グルメ・ホテル篇

 富士山三島東急ホテルの1階には、〈さすよ〉という干物屋があって、ここのカウンターでは干物定食を食べることができる

5種類もの干物の切り身を目の前で自分であぶって食べる。香ばしくてとても美味しい。

 そして、6月は……ちょうど〈生シラス〉と〈桜エビ〉の季節。この〈さすよ〉で買ってきて、部屋で、白いごはんを丼に盛って「生シラスと桜エビたっぷり丼」!(←こんな時のために、プラスチックのボウルを持参!)   
 

……三島では、これが一番おいしかったかも。

こんなおもてなしの遊び心も……!

 三島は、旅のウォーミングアップにはぴったりの街かも。東海道という幹線の途中に位置していて、駅近なので立ち寄りやすいし……なかなか訪れるチャンスのない町だったので、今回は新鮮な驚きでいっぱいだった。
 出発の朝……部屋のコップで水を飲もうとして、ふと気付いた。

 ……わぁ、コップの底が富士山だったんだ!

 旅の途中は、こんな小さな発見も楽しくなる。

 まだまだ、旅ははじまったばかりだ。



文・河治和香  歴史時代小説作家

東京葛飾柴又生まれ。

日本大学芸術学部映画学科卒業後、CBSソニーを経て、日本映画監督協会に勤務。

主な著書に、「がいなもん松浦武四郎一代」(第25回中山義秀文学賞、第13回舟橋聖一文学賞受賞)、「ニッポンチ!」、「遊戯神通伊藤若冲」(以上、小学館)、「どぜう屋助七」(実業之日本社)など。

イラスト・杉井ギサブロー  アニメーション映画監督・画家

沼津生まれ、原宿育ち。

東映動画に入社し、日本初の長編アニメ「白蛇伝」の製作にかかわる。その後、手塚治虫の虫プロ創立に参加。「鉄腕アトム」、「まんが日本昔ばなし」、「タッチ」、「キャプテン翼」などのテレビアニメ、劇場用映画として「ジャックと豆の木」、「銀河鉄道の夜」、「あらしのよるに」など多数。

 三島から名古屋で乗り換え、「しらさぎ」で一路、金沢へ。
 コロナのことが心配だったのでグリーン車を利用したのだが、米原までは車内に私ひとりだった。(米原から2人乗車してきた)
 車中で、名古屋で購入した名物の味噌串カツとおにぎりを食べる。

見どころは、歩いてまわろう!

 コロナ禍の旅では、外食を慎んでいるので、飲食店の時短営業はそれほど影響はないのだけれど、悲しいのは美術館などの文化施設がことごとく閉館していたことだ。
 というわけで、もっぱらの楽しみは町歩きである。

ひたすら歩く。

そして、この金沢は、ただ歩いているだけでもかなり楽しい。
東急ホテルが繁華街のど真ん中、香林坊にあるので、どこへでも歩いて行けるのだ。

早朝は、タダだよ!

 今回の旅では、毎朝、近所の神社に参拝(散歩)するのがマイルール。
 というわけで、まずは加賀百万石、前田家の菩提寺尾山神社に。ホテルから10分もかからない。
 この神社は門構えが変わっていて、なんとステンドグラス入り。実物は、ガイドブックで見るよりすてきだった。
 境内を散策して、裏手の鼠多門橋を渡ると(朝、7時に開門する)、そのまま金沢城公園に通じている。
 さらに……昼間は有料の兼六園も、開園15分前までは、なんと「早朝無料開園」しているのだ。まさに早起きは三文の得!(季節によって開園時間が違うので行くときは事前に確認を)
 香林坊からは、金沢神社(途中に坂あり)や、金沢で一番古い神社だという石浦神社も徒歩圏内なので、毎朝、あちこちの神社を詣でてみた。

こっそり入れる鈴木大拙館

 美術館関係は全滅だけれど、鈴木大拙館には知人がいるので訪ねていったところ、有名な〈水鏡の庭〉に案内してくれた。館内の見学は不可だが、この池の部分だけは外からも見学することができる。
 鈴木大拙は、世界的に有名な仏教哲学者である。
この〈水鏡の庭〉は、人工的な池に、ときどき装置が作動して、水面にさざ波が……

なんとも心がシンと落ち着く空間だ。

(ちなみに、鈴木大拙館の人たちは、毎朝、館長さんはじめみんなでこの「水鏡の庭」の掃除をするそうだ。禅の世界では、掃除も修行だとはいうけれど、冬の寒い日など、たいへんだろうなぁ)
「また、開館しているときにゆっくり訪ねたいな」と、一番思ったのは、ここ。すてきだった。

金沢のおみやげは……

  鈴木大拙館の学芸員さんに勧められたおみやげは、まず……「菓匠 高木屋」の〈あんず餅〉。

 アンズの餅の中に、アンズ餡とアンズが入っている……丸ごとアンズ尽くし!

 その他、〈あんずどら焼き〉、〈あんずパイ〉などアンズを使った菓子や、丸いモナカの皮の中にゼリーが入っている〈紙ふうせん〉など、さまざまなお菓子がある。(あんずどら焼きも、かなり美味しかったぞ)
 もうひとつ、「橘珈琲店」というすてきな店も教えてもらった。
 こちらは、香林坊からはちょっと歩く。コーヒー豆の専門店で(喫茶コーナーもある)、なんと東京などからも注文があるという、こだわりの店。
 私はお土産用の豆だけでなく、1回分ずつのドリップパックを15種類も買ってしまった。(もう、すごいたくさん豆の種類があるのだ!)
 それからの旅は、ホテルの部屋で毎朝、日替わりのコーヒーを飲んだ。
 これもまた、楽しい旅の味わいのひとつかな……。

近江町市場を探検する

 金沢には、近江町市場という(上野のアメ横とか、京都の錦市場みたいな)市場がある。様々なものが売られていて、商品を眺めながら歩いているだけで、楽しい。
 私がいつもここで買うのは、まるひな良縁堂の「糸より玉露」。
 金沢のお茶といえば、加賀棒茶が有名だけれど、私は断然、こっちの方が好き。
玉露の茎の皮の部分(?)をお茶にしたものだそうで、玉露だというのに、熱湯でザッと入れる(水出しも美味しい)。独特の甘さがあるのだ。

いろいろな楽しみ方のできる町……

 

金沢東急ホテルでは、ジムも利用した。
 前もって予約しておくと、その時間は貸し切りになるので、ひとりじめできて気楽。(って、自転車漕いだだけだけど!)コロナ禍でジムを閉めているホテルが多かったが、こうしたジムの利用は、旅のホテルステイのメリハリになるのだろうな、と思った。

 歩きながら思索する、というけれど、実際には歩いているときは、何も考えない。
「無心に歩く」ということは、「無心になるために歩く」ということなのかな、などと考えたりした金沢滞在であった。



文・河治和香  歴史時代小説作家

東京葛飾柴又生まれ。

日本大学芸術学部映画学科卒業後、CBSソニーを経て、日本映画監督協会に勤務。

主な著書に、「がいなもん松浦武四郎一代」(第25回中山義秀文学賞、第13回舟橋聖一文学賞受賞)、「ニッポンチ!」、「遊戯神通伊藤若冲」(以上、小学館)、「どぜう屋助七」(実業之日本社)など。

イラスト・杉井ギサブロー  アニメーション映画監督・画家

沼津生まれ、原宿育ち。

東映動画に入社し、日本初の長編アニメ「白蛇伝」の製作にかかわる。その後、手塚治虫の虫プロ創立に参加。「鉄腕アトム」、「まんが日本昔ばなし」、「タッチ」、「キャプテン翼」などのテレビアニメ、劇場用映画として「ジャックと豆の木」、「銀河鉄道の夜」、「あらしのよるに」など多数。

 金沢から特急サンダーバードで関西に出る。
 一応まだ緊急事態宣言が出ていて、大阪の感染者数が断トツ多かったので、今回は大阪には泊まらず、京都東急ホテルに滞在する。
 京都東急ホテルは、京都駅から微妙な距離にある。歩くと20分くらい。タクシーだとワンメーターちょっと。
 後で気付いたのだが、ホテルと京都駅の間に無料送迎バスが走っているので、日中はこれが一番便利かも。
 窓を開けると、眼下は西本願寺である。落ち着いている。
 さらに、京都東急ホテルでは会員専用ラウンジがあって、お茶を飲みながら仕事をサクサク片づけることができる。朝から夜まで開いていて、すこぶる快適だ。

意外な〈おみやげ〉!

 旅も半ば過ぎて、ちょっと人恋しくなってきた。
 ふと……美容院に行こうと思いつく。
 考えてみたら、コロナ禍で、私は半年以上、美容院というところに足を踏み入れていなかった。(前髪など伸び放題だけれど、パッチン留めでおでこ全開!)もはや、おしゃれは忘却の彼方だ。
 ホットペッパービューティーのヘアカタログで気に入った髪型を見つけ、ネットで調べてみたら、京都市内にある美容室で、しかも完全個室だというので予約をした。
 京都市役所前の〈ZEN〉という美容室。気に入ったスタイルを担当した人にお願いしたのでスタイリングもスムーズ。1年ぶりくらいにパーマまでかけてもらってしまった。
 この時期、個室というのは、なんとなく安心できて、すっかりリラックス。
 実は。
 この「旅先でパーマ」は、思いがけなく楽しい「おみやげ」に……。
 旅から戻って数ヶ月の間、髪を洗ってドライヤーで乾かすたびに、きれいなパーマが甦って、「あの時の京都、楽しかったな」と思い出もよみがえってくるのであった。

なんだか人恋しくなる……

 美容関係では、関西に行くと必ず立ち寄るところがある。もう10年くらい、ぽつりぽつりと通い続けているのは……。
 それは……耳そうじ!!
……ええ、もちろん、「耳掃除は耳によくない」という説があることも、よくわかっているんです。でも、1年に1回か2回くらい、いいんじゃないの?
と、開き直って通っている、耳のお掃除専門店、心斎橋の〈ニューロベリア〉。
施術中は、スコープで耳の中が映し出され、〈おそうじ〉の過程がよくわかる。いやもう、神業のような技術で耳の中だけでなくて頭もスッキリ(快感!)
ついでに顔と頭のマッサージも。ここのマッサージは、エステ系とは少し違っていて、顔のコリがほぐれるというもの。結果として顔の艶もよくなるのだけれど……ひとりで過ごしていると、表情筋を使わなくなるせいか……顔がものすごく凝っているらしい。
施術後は、なんというか「顔が軽くなる」というか、笑ったりするのがすごく楽ちん。その変化には毎回驚くばかりで、大阪に行くとリピートしたくなってしまうのだ。
……たまには、人に触れられる、ってやっぱり大事かも、としみじみ思う。

関西で、なぜかホットケーキ!

 個人的な好みでいえば……ホットケーキが好きなのである。
 ところが、私の好きな昔ながらのホットケーキは、万世橋の「万惣」も、日本橋の「花時計」も閉店してしまって、今は東京では「銀座ウエスト 青山ガーデン」でたまに食べるくらい。
 大阪に行くと、時間があれば食べに行きたくなるのが、東梅田の純喫茶「サンシャイン」。
JR大阪駅から、ちょっと距離があるけれど、ホットケーキの為ならば! 地下道をガシガシ歩いてゆくのだ。
 ふんわり、もっちり、昔からのホットケーキ。しあわせだ。もちろん、今回も食べた。

(外食自粛だけど、これくらいは許してもらおう、と心の中で言い訳する)

京都の昔からのお土産といえば……

 京都はおいしいものがたくさんあるので、迷ってしまう。
 昔からのお土産で……古くからの京都を知る時代劇の映画監督さんたちに教えていただいたお土産を2つほど紹介しておこう。
 ひとつは、チリメン山椒の「はれま」。
 この頃は、高島屋などのデパートや、支店もいろいろできて手軽に買えるようになったけれど、昔は五条の本店までタクシーを飛ばして買いに行ったものであった。
 今は、祇園などの街中にも支店があるので便利。
 もうひとつは、昆布・吹き寄せの「ぎぼし」。
 とろろ昆布も美味しいけれど、酢こんぶとか、ぶぶあられなど、ちょっとした京都らしいお土産が購入できる。日持ちするものばかりなのも、うれしい。

バドガシュタインラドン222!!

 ところで、京都東急ホテルの周辺は、はっきり言って何もない。道の向こうにローソンがあるくらいだ。
 夜になるとシーンとしている。
 毎日だとホテルのお風呂にも飽きてくる。
 そうだ……銭湯に行こう。ホテルから5分ほど歩いたところに、〈五香湯〉というのがあったので、思い切って出かけて行ってみた。
 いわゆる街の銭湯である。深夜12時まで営業している。けっこう地元の人で混んでいる。1階は、ふつうの銭湯なのだが、よく見るとみんな階段を上の階に上がっていくのである。
 2階にも大きな浴槽があった。見た目はふつうのお風呂だけれど、案内版を見ると、「バドガシュタインラドン222」とある。
 ……バドガシュタインラドン222って、なに?
 壁面の解説を読むと、オーストリアで発見された鉱泉だとか。
 ヒトラーが金塊を探して、ある山を掘らせたところ、金塊は見つからなかったものの、工夫たちがみな元気になった……というウソみたいな話が書いてあった。
 よくわからないけれど……たしかに、なんか疲れが取れる感じ。
 ……関西は、電気風呂系の、怪しげな(でもたぶん、何か効果のありそうな)こうした「温泉銭湯」がたくさんあるので、ホテルのお風呂に飽きたら、近くの銭湯を探検してみるのも面白いかも。
 その晩、荷造りしていたら強烈な睡魔に襲われて、居眠りしてしまった。
 ……おそるべし、バドガシュタインラドン222!



文・河治和香  歴史時代小説作家

東京葛飾柴又生まれ。

日本大学芸術学部映画学科卒業後、CBSソニーを経て、日本映画監督協会に勤務。

主な著書に、「がいなもん松浦武四郎一代」(第25回中山義秀文学賞、第13回舟橋聖一文学賞受賞)、「ニッポンチ!」、「遊戯神通伊藤若冲」(以上、小学館)、「どぜう屋助七」(実業之日本社)など。

イラスト・杉井ギサブロー  アニメーション映画監督・画家

沼津生まれ、原宿育ち。

東映動画に入社し、日本初の長編アニメ「白蛇伝」の製作にかかわる。その後、手塚治虫の虫プロ創立に参加。「鉄腕アトム」、「まんが日本昔ばなし」、「タッチ」、「キャプテン翼」などのテレビアニメ、劇場用映画として「ジャックと豆の木」、「銀河鉄道の夜」、「あらしのよるに」など多数。

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